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南伊豆佐藤工房 カフェ 自然風流木アート

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南伊豆の海や山で実にいい加減に生きてます。こだわりのないカフェとその場限りのアートです。無用の時と場に呆けてみますか。

生まれるのが怖い

 100年ぶりの暑さだということで、「そうか、地球温暖化は100年前にもあったのか」なんてつぶやいたり、してる人はいないんでしょうね。
それでも真夏の虫達の騒がしさは、樹上から地上の虫達に交代してきています。
宙にこだまするようなヒグラシのソロが、無数の響鳴によるコオロギの合唱になってきました。
なんて言ったか忘れてしまいましたが、(知ってる方いたら教えてください)オーケストラのバイオリンの微妙に音をずらしてさざなみのように揺らいで聞こえるやつ、その波動の心地よさ、これがあるだけで真夏の暑苦しさも何とか耐えられますな。
でね、このコオロギや鈴虫たちの無数の鳴き声、これ、死んだ人々の声だって知ってました?
むろん蝉なんかもそうらしいんだけど。

「死んだ人が怖い」とか死にまつわるイメージが恐怖や哀切などになるのは何故なんでしょう?
いったいいつからそんな結びつきができたんでしょうか?
死んだ人が幽霊になるとかね、化けて出てきたり、崇りがあるとか、呪われるとか、どちらかというと現代ではあまり楽しいイメージがないのは何故なんでしょう。
例えば「天国と地獄」これはどちらも死んだ後の世界ですが、西洋にもあれば東洋にもある、ニューギニア辺りにもあるのかわかりませんが、いったいいつごろから始まったのでしょう?多分「有史以前」からなんでしょうが、ネアンデルタール人の頃にはもう「埋葬」の跡があるんですってね。随分大昔ですよ、年代忘れましたが。
でも、原始の頃にもう死んだ人を葬っている、てことは?、ここが問題なのですが、ね、ここで現代人的発想で推測してもダメなんですよ。死んだのは原始人なんだから。いったい原始人にとって「死とはなんだったのか?」、「死体とはなんだったのか?」、「何故、どんな気持ちで、どういうつもりで」葬ったのか?
ま、意味ですよね、それとも、意味なんてなかったか?
何かの「真似事」だったのか?

最初から「死は怖い、哀しい、見たくない」なんて先入観を持って考えてもダメですよ。
何せ原始人なんですから、どういう人間で何を考え、何をしていたのか、全くと言っていいほどわからないんですから。
「死」という概念や意識があったのかどうかも本当はハッキリしないのです。
多分、ですよ、これだって本当のところわからないんですから、「原始人は死んだ人を食ってただろう」、「うめぇ!」・・なんて。ここに、「怖い」とか「哀しい」なんてあると思いますか?
「死はご馳走」ですよ。「感謝!いただきま~す!」じゃないですか。
何故、それが、葬るようになったのか?
いやいや、いただいたから、その後感謝して、ご馳走さま、と丁寧に土に埋めたのかも。
でも、それが、土の中から出てきた。
・・色々想像できるからこの手のお話は楽しいです。

ま、そうやって夏の虫達は土から出てきて美しく鳴くのですが、これって「死人たちの大合唱」なわけなんです。そうすると、「死って楽しい!ハッピ~」てなことにしてもいいでしょう。

でもそれでも怖い?誰が(何が)そう仕向けてるんでしょう?
考えたことなんかないでしょう。
by satokobo | 2010-09-04 01:06 | Trackback | Comments(0)
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